「素直な心」で考える

「素直な心」で考える

「素直の心」で物事を判断するようにとはよく聞く言葉です。

「素直な心」でないと判断を誤るともよく聞きます。

それでは、「素直な心」ってどんな心のことでしょうか。

「素直な心」を正しく理解していないと、「素直の心」になれません。

単に人に逆らわずに、従順であることでしょうか。

どうも、それとはちょっと違うような気がします。

本当の「素直な心」には強さが必要だと思います。

私心なく、くもりのない心。

一つのことにとらわれない心。

あるがままに見ようとする心。

このような心には強さが必要です。

ですから、「素直な心」の絶対条件は強い心を持つことです。

強い心を持った時に「素直な心」も持つことができるのでしょう。

このように強い素直な心には、物事の実相をつかむ力もあるのだと思います。

物事の本質を見極めて、それに対応していく心です。

真理をつかむ心といってもいいのだと思います。

したがって、皆が「素直な心」になれば、するべきことがはっきりわかってくるはずです。

してはならない正邪の区別もつくようになります。

あらゆることの適切な判断ができるようになって、力強く、進んでいくことができるようになります。

私心なく、くもりのなく、とらわれずにあるがままに見ようとする心。

その心になる為に、前述のとおり、強い心になること。

そして、怒ること、恐れること、悲しむことをやめなくてはいけません。

そして、心の平静さを保っていなければ、強くて「素直な心」になれません。

「この問題は、私心なく、くもりなく、あるがままの素直な心で考えていきましょう。」

会議の冒頭にこのように宣言してから会議を始めます。

会議の中でも、「これを素直に考えるに・・。」などと何回も言います。

このような会議ができた場合、導かれる結果は普段の会議と違うものになると思います。

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噂のお返し

昨年度、PTAの役員をしていて私がもっとも嫌だったのが、PTA室での会合のたびに繰り返されるイニシャル・トーク。

 

人間というのは、もともと噂が好きな生き物なんでしょうか。

それとも、一緒にPTA役員をしていたお母さんたちがたまたま、噂好きな人たちだったのでしょうか。

 

会合はほぼ毎週、何かしらの園行事が近くなると、それこそ毎日のように会合が開かれていましたが、話し合わなければならない議題なんてそんなにたくさんあるわけじゃありません。

8割もとい9割は雑談。

誰々のお母さんはああだこうだ、誰々先生はああだこうだ、とその場にいない誰かについて語る語る。

「まったく他人の噂話以外に話すことないのかよ!」

この無意味なイニシャル・トークを議事録として取ってやろうか、と考えたこともあるくらいです。

 

当事者をイニシャルで指さなければいけないくらいですから、噂の内容が「いいもの」であるはずはありません。

自分の子どもには、

「お友達の悪口を言っちゃいけません」

なんて平気でお説教するのに……。

 

しかし。

誰かの噂をしている人というのは、必ずといっていいほど、誰かに噂されているのです。

逆に、他人のことをとやかく言わない人は、他人からもとやかく言われることはありません。

自分についての噂が巡り巡って自分の耳に入ってくる、ということはあまりないのかも知れませんが、噂話の輪の中に身を置きながら、

「気を付けよう……」

と肝に銘じたものでした。いずれにしても、噂話に花を咲かせるなんて暇な人間のすることだなぁ、と思います。

こんなことを書いている私だって、

「最近、ずっと家にいるみたいだけど、役員の仕事が終わって暇なのかしらねぇ」

なんて噂されているかも……。